おまけ
このところ、それは真面目に勤務しているところを買われてか、
いやいや本来なら中堅調査員としての当然の働きとして
そのくらいは捌けようものとして既に幾つもこなしていた筈なそれだからか、
色々と込み入った依頼案件も任されるようになり。
今日もまた、今宵のうちには帰れないかも知れない
遠方への裏付け調査に出向いていた太宰だが、
そこは切れ者、手際のいい奮闘の甲斐あって、何とか最終の特急には間に合って。
ああこれだと日が変わる前には帰宅も適いそうだと安堵する。
遅い時間には違いないが、夜が住処のマフィアの狗と自分で称している彼のこと、
夜更かしとまではいかないが、趣味の読書に耽ってて起きているやもしれぬと
今帰ったよというメールを送れば。
ややあって返信が返って来たのはいいものの、
「???」
液晶に呼び出されたメッセージは短く、しかもどこか不可解なそれで。
【 猫の具合がよくなくて、 もう寝ております】
猫?とまずは怪訝に思う。
昨日も彼とは一緒に過ごしたが、
飼いたいとか預かるとかそんな話は一切出なかったし、
具合が悪くて看病中とかいうなら判るが、
もう寝ていますというのは脈略がなさすぎる。
間に意味のないスペースが空いているのも不審で、
さては寝ぼけて打ったのかな?と思いつつ、
“何だかこれって、
水商売のお姉さんが早く帰らなきゃって
言い訳にする言い回しに似てるような。”
ex. 故郷から弟が上京して来ているの、ごめんなさいねvv
先だっての“実家に帰ります”といい、
あの子ったら一体何を参考文献にしているのだろうかとか、
ポートマフィアってそういう土壌だったかなぁとか、
眉の間にコイルを巻きそうな勢いでむむうとしかめっ面になりかかっておれば、
そんな彼が立っていた駅前の大通りを
途轍もないスピードで走り抜けかけてく真っ黒な車が一台。
走り抜けかけて…という描写になったのは、
きゅきゅきゅきゅきゅ〜と
アスファルトへタイヤの一部ががべったりと貼りついたんじゃなかろうかというほどもの
粘り強い吸着を思わせる摩擦音を立てて急停車したからで。
何とも派手なパフォーマンスへ、
何だ何だと他の通行人と同じレベルで眼を点にしかかっていたところ、
「太宰っ、敦の行き先知らねぇか!」
「はい?」
バンッと歩道側へ勢い良く開いたドアから降り立ったのは、
頭の先から爪先まで黒づくめな装束をまとった、
見覚えのありすぎるポートマフィアの小柄な大幹部。
運転席がすぐにも歩道側ということは国産車ではないということで、
自前の車で雨上がりという危ない条件下のしかも宵の口に、何を暴走しているのだ、こ奴と。
つかつかと歩み寄ってきたそのまま、こちらの胸倉掴んでぶら下がりかかる相手へ、
同じくらいの剣呑な目つきで見返したものの。
彼の言う“敦”という子は 自分にもそして芥川くんにも大切な存在ゆえ、
こやつへと違い、そうそうないがしろな扱いにするわけにもいかぬ。
一応は真剣に向かい合うことにするとして、
「行先って言われても、私、たった今 他県から戻って来たばかりだしねぇ。」
携帯で捕まらないのかい?と無難なところを訊けば、
そのくらいはとうに試したのか、
そんな初手から段取り踏む気か こらと言いたそうに眉をキリキリと吊り上げ、
ただでさえ凶悪な人相をますますと悪くして睨みつけてくるが、
「そも、何でまた君に捕まえられないんだい?」
「う…。」
他の誰よりもあの子に好かれ、頼りにされている身のくせに、
それが行方を掴めないとは何てことだと、
こっちが事情を聴きたいねと言ってから、
「……あ。」
猫の具合がどうとかいう芥川からの返信メールを思い出し、
そっかそういうことかとやっと納得。
そんなこちらの表情の変化には中也もまた敏感に気づいたらしく、
ぐいと胸倉を掴み直すと、ちょっと来いと引っ張られ、
降りて来た車へ戻ったそのまま車道に出て、助手席へどんと押し込まれた。
立派な拉致行為だというに、身長差がありすぎる組み合わせだったせいでか
仲のいい知人同士のじゃれ合いにでも見えたのだろう、
周囲も特にざわめくことはなく。
ちびっこ幹部が発進させたフランス産の外車は
そりゃあなめらかに濡れた舗装路を進み、
防災用の火除け地帯を兼ねた広場の一角へするするとすべり込んで停まる。
「何なんだ? 心当たりありそうじゃねぇか。」
おいおい、いかにもやくざみたいな脅しようじゃないかと
低められた声やら眇められた目つきやら判りやすい凄みに閉口しかかるも、
それだけ切羽詰っているのが判らぬでもないので。
自分の携帯をご披露し、
猫というのは恐らく、どこかで見かけたそのまま
ほっとけなくて一緒にいる敦くんのことだと思うと、
太宰なりの洞察を告げる。
「…っ。」
車を出そうとしかかる中也だったが、その手を押さえ、
「本当に具合が悪いのなら、
ちゃんと救急病院へ行ってるはずだから、これは例えだと思う。」
「それはそうだろうが…っ。」
気が急くのは判るけどと、
もはや彼のトレードマークになっている帽子の鍔をトントンとつつき、
「随分と硝煙臭いよ、君。
もしかして討伐とか抗争とかいう修羅場からの帰りなんじゃないの?」
そうと指摘し、
「今押しかけても二人とも寝ているだろうから、
ただの迷惑だよ、中也。」
私だって、芥川くんのところへ速攻で戻りたいんだけどね。
玉子も割れない子だったのが
最近お料理に目覚めたらしくて色々と作り置きしてくれてるから。
「ちょっと待て、玉子って…。」
中也ママが過保護して何もさせなかったせいじゃないのかな?
茹で卵以外の玉子料理は自分では作れなくて
素人は目玉焼きも出し巻きも買って食べるものだと思ってたらしい。
カップ麺なんて、スープの袋こそ出して処してたものの、
やたら入ってる具材の小袋のほうは入れたまま湯を注いで作ってたの、
さすがに銀ちゃんがそれは違うと注意したらしいけど。
「………で?」
随分な横道に逸れさせたのを、
まあ落ち着けとするクールダウンらしいと受け取ったらしい。
そうと気づいたほどにはそれなり落ち着いたのか、
声のトーンも静まった中也であり。
そんな彼へ、にっこり笑った太宰、
「あの子が敦くんを匿ったっていうのへ心当たりありそうじゃないの。」
話してくれなきゃあ、
彼のところへは例え夜が明けてからだとて行かせるわけにはいかないなぁと、
暗に含ませての訊きようなのが。
こちらはそういう駆け引きにいつも翻弄されていた身、
噛み砕かれずとも察しがついて。
どうせ上手に釣り込まれて白状させられるのは目に見えていること、
はあと諦念じみた溜息をつくと、何があったかの取っ掛かりを口にする。
「……このところちょっと慣れ合って来てたってのか、
こんくらいなら過保護に扱わなくてもいいかもなって思ってな。」
成り上がり連中への仕置きに出てた、新人掃討班の加勢に出向くことんなって、
そしたら敦が “一人で帰れる”と言い出したんで、
好きにしろって…放り出しちまって。
「…そこまでは問題ないでしょうよ。」
「……。」
「なのに、携帯の電源切られちゃってるのは微妙な顛末みたいだけど。」
「…うっせぇなっ 」
しかもしかも、どうしてかウチの子が見かねて保護した様子になってたらしいけど、と、
ほのかな擦り傷へ塩水を垂らすような言いようをし。
“何だ。どっちもが気を回しすぎてのかわいいすれ違いって話?”
芥川のように傍らにいたわけでもないのに、
あっさりと全容を見抜いてしまった恐ろしいお人。
他人のことへは冷静なまま仔細へまで目が行き届くか、
“大切な人への大切だとするサジ加減ほど、
理屈と裏腹で、微妙で難しいものはないものね…” と
荒くたいくせにそんなことへ振り回され、なのに。
当人は気づいているのかどうか、
すこぶるつきに充実しているらしい元相棒さんへ、
微笑ましそうに笑って。
「ともかく。逢うのは明日だよ、中也。」
愛し子から少しだけ手を離してみたものの、落ち着けなくての東奔西走、
そうなっちゃう気持ちは判る、
私だってだからついつい発信器を使っちゃったのだしと、
かつての悪行をどさくさ紛れに正当化した上で。
「いや、あれはよくないだろう。」
「仕方がないから私も付き合ってあげよう、
どこかで腰を据えて語り合おう。」
「話聞けよ、こら。死なすぞ 」
現役マフィア様からの物騒な威嚇も効果のないまま、
殊更ご陽気に声を高めた のっぽな元マフィアのお兄さんだった。
〜Fine〜 17.05.30.〜06.01.
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*そして、後日の某幹部の執務室にて、
茶請け話程度に一応の事後報告をした折に。
“眠るまで手をつなぐなんて、可愛らしい”と
ついうっかりこぼし、
「…いや、俺そんなことねだられたことねぇけど。」
「は?」
相変わらず要らぬ波風立ててしまう誰かさんな辺り…。
それは天然だからではないと思う人、手を上げて。

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